最近手に取りましたか?文庫本の現在地

東京, 12月7日, /AJMEDIA/

「かつては手軽に買えた文庫本が『贅沢品』になってしまった」

先日、ツイッターで文庫本の値上がりを訴える投稿に注目が集まりました。

本当に値上がりしているの?
文庫本の歴史をひもとくと?
いま、どんな新たな展開が?

最新事情を、本好きの取材班が調べてみました。

高い?高くない?若者の受け止めは
取材班は新刊を販売する本屋と古書店が建ち並ぶ東京・早稲田に向かい、若者に話を聞いてみました。
23歳の大学4年生の男性
「実家の本棚に並んでいる父親の文庫本を手に取ったら値段が300円ぐらいで、昔はずいぶん安かったのだと思った。ふだんは図書館で本を探す」
一方で、高いとは感じないという声も。
25歳の大学院生の女性
「毎月1冊か2冊ぐらい買うが、値段が高くなったという実感はそれほどない。本棚に並んだ文庫本を眺めながら、『あの頃はこんな本が好きだったな』と、思いを巡らせています」
留学生にも話を聞きました。

ヨーロッパやアメリカでは日本の文庫本にあたる「ペーパーバック」というスタイルの本が広く親しまれていますが、日本の文庫本よりも高いのではないかといいます。
イギリスから留学している23歳の女性
「イギリスの『ペーパーバック』の値段は10ポンド、今のレートで1600円ぐらいだと思う。日本では1000円以下で購入できる文庫本もあり、安いのではないか」
文庫本、ほんとに高くなっているの?
出版科学研究所によると、文庫本の平均価格は1991年に467円だったのが年々上昇し、2021年には732円に。

この30年の間におよそ57%上昇していることになります。
かつてはワンコインで買えた文庫本。

今では1000円を超える文庫本も珍しくなくなりました。

出版科学研究所の久保雅暖主任研究員は、「スマホが普及して、娯楽も多様化していますし、安くてひまつぶし感覚で読めていた紙媒体の文庫本の売り上げが落ちた分、部数も限られて価格が上昇せざるをえない。資材の高騰もあいまって来年も価格が上昇するのでは」と話しています。
本との出会いを広げた「文庫本」文化
日本で文庫本が創刊されたのは、明治時代末期から大正時代初期にかけて。

「袖珍名著文庫」や「立川文庫」、「新潮文庫」などが相次いで創刊されました。

その後昭和に入ると、現在に続く文庫本という形式を一般的なものにした「岩波文庫」などが創刊され、戦後も含めて何度かブームが訪れます。

出版文化が専門の東京経済大学の堀口剛特命講師は、文庫本が読書文化の広がりに重要な役割を果たしてきたと指摘しています。
「文庫本が定着していく昭和はじめの時期は読者層の拡大という点で一大転換期でした。そのなかで、文庫本は古典的な価値のある作品を手ごろに提供するという理念を掲げて登場し、広い階級の人々に受容されていきました。

その後は戦後のブームのなかで『古典』という冠は徐々に取れて、『手ごろな価格』という側面が強調されていくことになりますが、だからこそ人々が文庫本を手に取り、読書へと向かうきっかけが提供されたことは間違いないと思います。

そうした意味では、本との出会いの間口を広げたのが文庫本だともいえるでしょう」
各出版社こだわりの「紙」を共通に
手ごろに入手でき、読者の間口を広げた文庫本。

コストを抑えて読者をつなぎとめようと、出版社も工夫を凝らしています。

その1つが「紙」です。

ことし2月から中央公論新社と角川春樹事務所、河出書房新社、筑摩書房の4社は順次、文庫本で共通の紙を使い始めました。

実は出版社は文庫本の「紙」にもこだわってきました。
レーベルごとに紙の色味や厚み、質感にも配慮し、印刷所の機械に最適なものになっていたのです。

しかし、各社でバラバラの紙を使うことにはリスクもありました。
ヒット作が出ると急な重版で紙が足りなくなったり、資材の高騰で紙の値段が上がってしまったりするのです。

そこで中央公論新社が取り引き先である王子製紙や、同じ工場を利用している出版社などへ声をかけたのが3年前。

しかし紙にこだわりをもってきただけに、提案を受けた他社の担当者は「本当に各社にメリットがあるものになるのか最初は不安だった」と振り返ります。

10回を超える会議を重ねて、試作品を作っては意見を出し、また作り直すという作業が繰り返されました。
中央公論新社の担当者
「本を読んでいると紙の色味は背景になり、めくった感じの手触り感も全部が読書につながるもので、各社いいものを使っているという自負があった。その分、各社で抵抗もあったし、慎重に対応していたのは確かだと思います。『同じ紙だと安くあがる』という単純な考えでは無かったですね」
最終的には、各社がもともと使っていた紙の色味や厚みなど中間地点に近いものに落ち着きました。
中央公論新社 社長室ブランド・プロモーション部 小西達也さん
「『この文庫のこの紙はうちの出版社のアイデンティティーだ』というのがあります。一方で、昔の安く大量に売って稼ぐというビジネスモデルから、文庫本の部数も絞った形で販売し、しっかりビジネスを成り立たせないといけないということにも直面しています。

紙の文庫本が読まれ続ける以上は、しっかりそのニーズに応えるようにさまざまな工夫をして出し続けていきたいと思います」
ことしの流行語にも “オーディオブック”
家事や子育てをしながらや、勤務の合間でも文庫本に触れてもらおうと、名作や長編を耳で聴く機会をつくり、ファンを増やしていこうという動きもあります。

2004年創業のITベンチャー企業は、出版社にかけあい、許諾をとりながら、ナレーターや声優が本を朗読した音声をパソコンやスマホで聞くことのできるサービス、『オーディオブック』を配信しています。
ラインナップとしてはビジネス書が多い一方で岩波文庫から小学館文庫、講談社文庫まで多数の文庫本の作品を“オーディオブック化”しているということです。

耳で聴く人気作品は、最新作にとどまらず名作や長編が並ぶといいます。

例えばドストエフスキーの著作、『罪と罰』(岩波文庫)。
音声の朗読収録時間はなんと上下で30時間以上にも及ぶそうです。

ただ、朗読の音声は、最速で4倍速まで好みの速度で再生ができるといいます。

人生で一度は読もうと決心して、紙媒体では“読破”するのを断念したストーリーを再び耳で聴こうと挑戦するニーズが高いそうです。

4年前に、配信する作品の半数以上を聴き放題にするサブスクのサービスを導入して以降登録する会員数は、5年で13倍にも伸び、250万人を突破。

『オーディオブック』というこのことばはことしの流行語大賞にもノミネートされました。

これまで利用者は、通勤時間を利用したビジネスパーソンが中心でしたが近年は「子どもから目や手は離せないけれど、耳なら空いている!」という子育て世代から、老眼が気になってきた60代のシニア世代まで利用が広がっているといいます。
オトバンク 久保田裕也 社長
「コロナ禍で家にいる時間が増えたり散歩で息抜きしたり。ワイヤレスイヤホンなどで場所を問わず“ながら聴き”する動きは確実に広がったと思います。サブスクでなら手軽にたくさんの作品を聴けるという読者のニーズをとらえているのかなと思います」
みんなちがって、みんないい。
さまざまな形で文庫本の世界に触れてほしい。

企業が知恵を絞る中で、読者の楽しみ方も多様化しているようです。
街中で出会った28歳の同い年のカップル。

「紙の本の質感も気に入っているので買うなら文庫本だ」と口にする彼女と「スマホ1台で何冊もの本を気軽に読める電子書籍でしょ」と譲らない彼氏。

意見が折り合うことはなかったものの、それぞれによさがあることを実感します。

また、赤ちゃんを連れた33歳の女性は、子育てに追われて気付くと読書時間がとれなくなっていたそうですが、オーディオブックを通じて遠ざかっていた文庫本の世界に久しぶりに触れられそうだと期待していました。

さらに、27歳の大学院生は風呂に持ち込むほど歴史小説にのめり込んだ経験があるそうで、文庫本は決して高いとは感じないと話していました。
27歳の大学院生
「あれだけのストーリーを紡ぎ出すのに、作家はどれだけの労力や時間を費やしたんだろう。作家ではないのですが、自分も論文を書くのに資料調べから書く作業までがどれだけ大変か痛感する立場になって想像するようになりました。文庫本は心に潤いを与えてくれるものだと思いますし、文庫本の文化はなくならないでほしい」
お好みのスタイルで読書を
読書のスタイルは変わっても、今も多くの人に求められ続ける文庫本。

日常生活を離れ、未知の世界にいざなってくれる文庫本。

「隙間時間があったら文庫本!」を自負する取材班からあなたへ。

最近読んでないなーという方も、選択肢が増えた今、年末年始に文庫本との出会いを楽しんでみるのはいかがでしょうか?

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