ウクライナ侵攻とカラバフ問題の行方勢力図は変わるかウクライナ情勢

東京, 6月9日, /AJMEDIA/

旧ソ連のアゼルバイジャン領内にあり、アルメニアの占領下にある30年以上にわたって帰属を巡る争いが続くカラバフ地域。アルメニアのパシニャン首相は5月22日、これまでの主張を一変させ、条件が整えばこの地域をアゼルバイジャン領と認めると発言しました。この問題をめぐっては、「旧ソ連の盟主」として振る舞うロシアと、米国や欧州連合(EU)が仲介役として動いています。長年の懸案は解決へと急展開するのでしょうか。慶応大総合政策学部広瀬陽子教授(国際政治)に聞きました。
――パシニャン氏の発言をどのように分析しますか。
驚きでした。アルメニアではこれまでも、カラバフの問題でアゼルバイジャンに対して譲歩的な態度を見せると国民が大きく反発し、政治的不安が起きてきたという過去があります。また、アルメニアには今もまだ、占領地の大部分をアゼルバイジャンに奪還された2020年の「第二次カラバフ紛争」における敗戦の傷が癒えないところがあります。そういう状況下で、カラバフをアゼルバイジャン領として考えてもよいというのは、これまで誰ひとり発言してこなかったことです。むしろ、パシニャン首相の発言があっても、アルメニアで政治不安が起きていないことが不思議なほどです。

――今までにないアルメニア国内の反応の背景には何があるのでしょうか。
推測ですが、孤立無援で戦った2020年の紛争が大敗になってしまったためだと思います。
1994年の第一次紛争の時は、アゼルバイジャンが孤立無援となり、アルメニアはロシア、イランの支援を受けて大勝しました。ところが2020年は、アゼルバイジャンが北大西洋条約機構(NATO)加盟国のトルコの支援を受けました。一方で、アルメニアは、ロシア主導の軍事同盟「安全保障条約機構」(CSTO)に入っているのにそこからの支援を受けられなかっただけでなく、周辺国のサポートを全く受けられなかったのです。
今も、ロシアはウクライナ侵攻で手いっぱいで、とても頼れるような状況ではありません。実際、昨年3回起きたアゼルバイジャンとの衝突の際などに、ロシアに要請しても支援を受けられなかったと言うこともあります。となると、今までアルメニアを支えてきた前提条件が全て崩れてしまっている状況だといえます。
また、アルメニアはカラバフの問題を抱えているがゆえに、「地域の敗北者」になっているという則面もあります。
たとえば、アゼルバイジャンと交戦状態なので、アルメニアにパイプラインが通せない。すると、北隣のジョージアを通ってしまう。道路や鉄道でも同様です。ジョージアは地域のハブとなって潤う一方、アルメニアはあらゆるチャンスを失っています。
アゼルバイジャンと関係修復すれば、今までジョージアに取られていた重要インフラの面でもアルメニアのプレゼンスを取り戻せるかもしれません。そして、今はロシアに依存しているエネルギーも、隣のアゼルバイジャンから買ったほうがよっぽど安く安全に調達できるという利点もあります。
ロシアのエネルギーに頼ると、全部ジョージアを経由してパイプラインで輸送されることになります。これはアルメニアにとっては脆弱(ぜいじゃく)と言えます。なぜなら、もし、またジョージアとロシアが戦争するようなことになれば、政治的な理由でエネルギーが供給されない可能性があります。アルメニアは国家のエネルギーの約半分を原発に頼っていて、地震国でありながら設計寿命を超えた「世界で最も危険な原発」の稼働を続けています。こういった原発は、欧州連合(EU)から長年、閉鎖を求められているというのが実情です。
アルメニアは、こういったエネルギーの綱渡り状態に限界を感じたのではないでしょうか。
ロシアに頼れないなら自分たちでやるしかなく、であればアゼルバイジャンに譲歩するしかないと思ったとしても不思議ではないと思います。

――最近の和平交渉では、欧米の関与が目立ちます。
和平交渉は停戦後からずっと水面下で続いていました。もともと停戦といっても単に戦闘が停止しているというだけで、カラバフの法的な地位問題も先送りとされ、重要な問題は全く解決していませんでした。
停戦後の和平交渉は、欧州安全保障条約機構(OSCE)の「ミンスクグループ」(共同議長国は米国、フランス、ロシア)が担当することになっていました。ですが、このグループの提案が、いずれもあまりにアルメニア寄りで、アゼルバイジャンには受け入れられないものでした。共同議長を見ても、ロシアはアルメニア寄りですし、フランスと米国は国内に政治・経済力があるアルメニア移民が多く、アルメニア側にとても偏向しています。アメリカはアゼルバイジャンに対して(現在も、時限的無効が繰り返されているだけで存在する)経済制裁もしていました。
ですからアゼルバイジャンにはミンスクグループへの不信もあり、EUが仲介に乗り出したのだと思います。
これまでの2度の紛争の停戦はロシアがまとめました。しかし、欧米側は、この地域の和平を再びロシアにやらせると、旧ソ連の影響力が残ってしまうので、なるべくロシアにやらせないという方向で動いているのだと思います。
ロシアには今も、旧ソ連は全部自分のものだというような、独善的な勢力圏構想があり、それが現在のウクライナ問題の元凶にもなっています。欧米側は、ソ連という存在がもはや幻想であり、非現実的であるということを名実ともに思い知らせたいのではないでしょうか。
パシニャン氏も、頼りにならないロシアよりも、アメリカやEUに頼り、より公式の形で保証された和平をまとめて欲しいのではないかと思います。

――それでも5月25日には、ロシアの呼びかけでモスクワで行われたユーラシア経済
同盟の首脳会談の機会に、非メンバー国のアゼルバイジャンのアリエフ大統領も招待
され、パシニャン氏と顔をあわせることになりました。首脳会談の後に、ロシアを含
めた3カ国の首脳会談の機会ももたれました。大きな進展があるのでしょうか。
5月の初めに米国で外相レベルの大きな交渉があり、その後もブリュッセルで首脳同
士の会談が行われましたが、議論は継続中です。ロシアとしては、ウクライナ侵攻で批判を受ける中、カラバフ問題を欧米にまとめられてしまったら面目が立ちません。なので、ここぞとばかりに非メンバー国のアゼルバイジャンも招待したのだと思います。ですが、会議ではパシニャン氏とアリエフ氏がプーチン氏の目前で口論を展開するという、まるでロシアを軽視しているかのようなことが起こりました。ロシアにとっては、恥の上塗りのような形になり、全く逆効果でした。あの口論は、ロシアによる仲介を避けるため、パシニャン氏があえてプーチン氏の気を損ねるためにやったことかも知れません。
――アゼルバイジャン側はアルメニアの動きにどう反応しているのでしょうか。
5月22日のパシニャン氏の発言に対しては、アゼルバイジャンは冷ややかな受け止めで、反応はほとんどありません。当たり前のことを、何を今さら言っているのだという感じです。
アルメニアの今までの政治状況を考えると、パシニャン氏1人がなにか言っても、(和平が)スムーズにいくような国ではないとアゼルバイジャンは考えています。それを見越してアゼルバイジャンは慎重姿勢なのだと思います。
領土の一体性を認めるといっても、アルメニアが無条件にカラバフ地域を手渡すことはないでしょうし、その条件がアゼルバイジャンが受け入れられるものかどうかで展開は変わってきます。パシニャン氏のぼやっとした一言では何も反応できないということでしょう。
――6月1日にはモルドバの首都キシナウにドイツ、フランス、EUの首脳と両国首脳が
集まります。ここで何らかの方針が出される可能性があるのでしょうか。
アルメニアサイドからは和平には向かっているが、歩みは遅いという発言が出ていウクライナ侵攻とカラバフ問題の行方 勢力図は変わるか [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタルて、大きな進展はないと考えます。
5月25日のモスクワでの口論を見ても、とても和平が近いとは言えず、何も変わっていないようにすら見えます。プーチン氏を交えた首脳3人の会談内容の詳細は出ていませんが、進展している気配はあまり感じられません。
また、アリエフ氏は領土全てを奪還すると言っているのですが、一部の関係者から、本気で解決しようとしていないという話も聞きました。その理由は、権威主義的な国なので、国民の不満を振り向ける何かの要素があったほうが、国が安定するからだと言うことでした。他方、全土を奪還すれば、それはそれで大統領の評価は高まり、歴史に名が刻まれますから、それも極めて魅力的なのは間違いありません。そのため、本当のところがどうなのかはよくわからない所があります。
――交渉のポイントとなるのはどこでしょうか。
カラバフに住むアルメニア人の様々な権利がどの程度認められるのかということでしょう。ここでアルメニアがどこまで何を条件とするかが焦点です。
――カラバフは今どのような状況なのでしょうか。
5月の初めに現地に行きました。インフラを整えるため、何カ所かに集中して小さなスマートタウンのような町づくりを進めていて、荒野の中にぽつぽつと新しい建物が建っています。かつてアルメニア勢力が占領していた南東部のフュズリには2021年10月に新しい空港が完成しました。
現地では、アリエフ氏と議論しました。「領土を奪い取っておいて荒れ地のまま放置するのは、自分たちの土地でない証拠だ」と言ってアルメニアを批判していましたが、アゼルバイジャンがカラバフを奪還することの正当性を示すためにも最優先で復興と再開発を進めると思います。
一方で、帰還事業は難航しているようです。紛争が始まってから30年近くになり、もう世代が変わっています。かつての住民は高齢化しているし、二世、三世には今の暮らしがあるためです。地雷の除去にも十数年かかるということで、積極的に移住を望む人は少ないようです。

私は旧ソ連のロシアと欧米の間に挟まれている国々のことを「狭間(はざま)の政治学」と呼んで研究を続けていますが、アリエフ氏と面会した時、まさにその狭間にある国の指導者の発言として心しびれるものがありました。アゼルバイジャンは一度たりともNATO加盟を表明したことはなく、憲法の規定で軍
事同盟も結べません。でも、トルコと「同盟関係に関するシュシャ宣言」というのを結んでいます。これが実質的にはトルコとの軍事協力関係を明文化したものとなってい
ます。
アリエフ氏は、「我々はNATO加盟を目指したこともないし、今後も絶対目指さない。ユーラシア(旧ソ連)の国でNATOに入れた国があるか。ないだろう。永遠に入れない。旧ソ連諸国は永遠にNATOに入れないし、入れない国の結果はどうだ。両方とも戦争だ。しかし、我々はトルコと協力してきた。トルコはNATOの軍事大国だ。そうい
う国と軍事協力をしているので、それはほぼNATO準加盟を意味する。加盟国という名を取らず、実を取ったのだ」と。ウクライナとジョージアがいまだにNATOに入れず、ロシアとの関係に苦しんでいる状況を踏まえての発言です。
トルコとしてもアゼルバイジャンに対する「長兄の立場」は満たされるので、ここにはウィンウィンの関係が作り上げられています。アゼルバイジャンには資源があり、ゆとりがあることもありますが、ここに旧ソ連の国の生き様をみた感じがしました。
――日本もロシアとの間に北方領土の帰属問題があります。
基本的に極めて難しいのが領土交渉です。どの国にとっても、領土は主権、領土保全に絡む、最も重要な要素ですから、簡単には譲れません。相手次第であり、相手の立場、出方、交渉の特徴などをしっかり調べた上での最善の対応の検討が重要になると思います。(朝日新聞)

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