地下鉄サリン事件29年 遺族や被害者などが追悼 東京 霞ケ関駅

東京, 03月20日 /AJMEDIA/

14人が死亡し、およそ6300人が被害に遭ったオウム真理教による「地下鉄サリン事件」から20日で29年となります。現場の1つ、東京の地下鉄 霞ケ関駅では遺族や被害者などが犠牲者を追悼しました。

29年前の1995年3月20日、通勤客などが無差別に狙われた地下鉄サリン事件では、都内を走る3つの路線に猛毒のサリンがまかれ、14人が死亡し、およそ6300人が被害に遭いました。

東京 千代田区の霞ケ関駅では事件の発生時刻とほぼ同じ午前8時に職員が黙とうをささげました。

駅の構内に設けられた献花台には遺族や被害者、利用者などが訪れ、花を供えて手を合わせていました。

霞ケ関駅の助役だった夫を亡くした高橋シズヱさんは「地下鉄サリン事件から30年近くがたったが、後継団体の活動も続いていて、遺族・被害者にとって事件はまだ終わっていない。事件を知らない世代が多くなったが、忘れられることを防ぐのは生き残った私たちの役目でその誓いを亡くなった方々に伝えました」と話していました。

オウム真理教による一連の事件では6年前、元代表の麻原彰晃、本名・松本智津夫 元死刑囚ら13人に死刑が執行されました。

公安調査庁によりますと、教団の複数の後継団体は今も活動を続け、このうち「アレフ」は団体名を隠して若い世代を対象にした勧誘を行っているということです。

「被害者はずっと生きている」今も寄り添い続ける医師
事件の発生当初から被害者の治療にあたってきた医師は、事件のおよそ20年後に後遺症に気付く人もいたと話し、相談に応じる活動が今も必要だと訴えています。

東京 中央区にある聖路加国際病院で院長を務める石松伸一医師は、29年前の3月20日、病院で次々と運ばれてくる地下鉄サリン事件の被害者の対応に当たりました。

石松医師は「最初は『地下鉄で爆発火災』という情報で、時間がたって『サリンらしい』という話になった。毒性などの詳しい情報がない中、目の前の患者の治療をやらなければならず、本当に手探りの状況だった」と振り返りました。

その後、「被害者に寄り添いたい」という思いで、医師や弁護士などが立ち上げたNPO法人「リカバリー・サポート・センター」の活動に加わりました。

年に1回の健康診断を続け、頭痛や手足のしびれ、視力の低下など後遺症に苦しむ人たちの心や体のケアに携わってきました。

これまでで特に印象に残っているのが、事件からおよそ20年がたったころに初めて健康診断に訪れた人のことです。原因不明の体調不良に悩んでいましたが、診断の結果、事件によるPTSDの可能性に気付いたということです。

利用者の減少などから健康診断は去年で終了しましたが、病院の紹介など被害に遭った人たちの相談の対応は今も続けています。

石松さんは、「事件からもう29年がたったのか、という気持ちだ。死刑が執行されて終わりではなく、被害者はその後もずっと生きている。症状があったらすぐに相談できる場所は今も必要だ」と話しています。

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