<ソ連崩壊から30年>3 対立する隣国 衝突今なお、和平は遠く

東京, 12月16日, /AJMEDIA/

 11月26日、ロシア南部のソチ。プーチン大統領はアゼルバイジャンのアリエフ大統領、アルメニアのパシニャン首相と向き合った3者会談で、こう呼びかけた。「同じ国にいたわれわれは非常に深い歴史的なつながりがあり、それを破壊することは望ましくない。逆に関係を回復し、将来に維持するため努力すべきだ」
 ソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的惨事」(プーチン氏)と呼び、現在も旧ソ連圏の盟主として指導力の発揮に腐心するロシア。だが、各地に残った民族対立や領土問題は根深く、コーカサス地方で独立したアゼルバイジャンとアルメニアも負の歴史を乗り越えられないでいる。
 イスラム教徒が多数派のアゼルバイジャンとキリスト教が主流のアルメニア。両国の対立は昨秋、係争地ナゴルノカラバフ地方を巡り軍事衝突に発展。相手が先に攻撃を始めたと主張する戦闘は44日間で民間人も含めて少なくても計5千人以上が死亡したとされる。
 ナゴルノカラバフはアゼルバイジャン領内にあるが、ソ連末期の1991年に多数派を占めたアルメニア人勢力が独立を宣言し、アゼルバイジャンとの紛争に勝利。94年の停戦後で最大規模の戦闘となった昨年はアゼルバイジャンが勝利し、ナゴルノカラバフ南部やアルメニアが実効支配していた周辺地区を奪還した。
■30年ぶりの故郷
 90年代の戦闘で多数の死傷者と避難民を生み、アゼルバイジャンで「コーカサスのヒロシマ」と呼ばれるアグダム地区もその一つ。11月上旬、廃虚となった街の中心部に1台の大型バスが到着すると、小銃を手に目を光らせていた治安関係者の表情が和らいだ。乗客は政府主催の日帰りツアーで約30年ぶりに故郷の地を踏んだ元住民たちだ。
 「うれしい。ここにまた戻れる日が来るとずっと信じていた」。アゼルバイジャンの首都バクーから参加したマヒル・アリエフさん(50)と父エルダルさん(84)は感動を抑えられない様子だった。「美しい高級住宅街だった」というかつての風景は消えたが、アルメニア軍が占領下で周囲の見張りに使っていたイスラム教のモスク(礼拝所)など一部は残された。アゼルバイジャン政府は5~6年間で住民帰還に向けた都市の再建を急ぐ。
 だが、両国の間では停戦から1年が経過した先月も双方で複数の兵士が死亡する小規模な衝突が発生。年内にも協議を開始することで一致している国境画定作業を含め、和平への問題が山積している。
■帰属確定先送り
 ロシアは昨年の紛争で軍事同盟を結ぶアルメニアに加勢せず、両国の「平等なパートナー」(プーチン氏)として中立の立場を維持。停戦後は2千人規模の平和維持部隊を派遣する調停案をまとめ、アルメニアの支配地域が残るナゴルノカラバフの最終的な帰属確定は将来に先送りした。
 背景にはアゼルバイジャンを軍事面でも支援する北大西洋条約機構(NATO)加盟国のトルコがコーカサス地方での存在感を高める中、両国への影響力を高めたいロシアの焦りがのぞく。平和維持部隊の派遣でアゼルバイジャン領内にロシア軍を駐留させることに成功する一方、敗北したアルメニアのロシア依存はますます強まっている。
 プーチン氏は先月の3者会談の後、アリエフ、パシニャン両氏に平和と繁栄の象徴としてオリーブの枝をかたどった金色の小像を贈った。2度の紛争を経て憎み合ってきた両国が隣人として平和的に暮らせる日はやってくるのか。ロシアは重い責任を背負った。

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