第3回 ウクライナ戦争をめぐるトルコの対応――積極的中立と世論調査の変化から読み解く

東京, 5月17日, /AJMEDIA/

ロシアのウクライナ侵攻に対するトルコのスタンス
2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻は、21世紀の国際政治のターニングポイントとなるのだろうか。ウクライナをめぐるロシアの対応は、20世紀の遺物として忘れ去られていた冷戦期の分断された世界や核の脅威を改めて我々に思い起こさせることとなった。ロシアと隣接し、北方領土問題を抱える日本にとってもウクライナ危機は対岸の火事ではない。

日本と同様、黒海を挟んでロシア、ウクライナと隣接するトルコも今回の危機は他人事ではなかった。1949年の北大西洋条約機構(NATO)の発足時から加盟に積極的であり、1952年の第1次拡大でNATOの一員となったトルコの基本的なスタンスは、他のNATO加盟国同様、ロシアのウクライナ侵攻を非難し、ウクライナを擁護するというものである。

その一方で、ロシアはトルコにとって必要不可欠な国であるという事実がある。トルコはシリアやリビアでロシアが支援するアサド政権やリビア国民軍と対立する勢力を支援しているが、シリアでは一連のアスタナ会合やソチ合意など、ロシアと共に停戦交渉を進めている。また、トルコはNATO加盟国でありながらロシアからS-400防空ミサイルシステムを購入し、2020年秋にはその試射にも成功している。トルコ国内に目を移すと、トルコにとってロシアは最大の天然ガス供給国であり、トルコで最初の原子力発電所の建設もロシアと共同で進めている。さらにロシア人観光客はトルコの観光産業に大きく貢献してきた。

一般のトルコ国民に目を移してみると、世論調査の結果などを見る限り、ウクライナ危機が勃発する前のロシアに対する脅威認識は思いのほか低かった。しかし、当然の結果ではあるが、ウクライナ危機以降、トルコ市民のロシアに対する脅威認識も変化し、ロシアを脅威と感じるようになってきている。

ここではウクライナ危機に際してのトルコの仲介外交とトルコ国民のロシアに対する脅威認識の変化について検討し、ウクライナ危機に対するトルコの対応の一端を明らかにしたい。

トルコのロシアおよびウクライナとの関係
(1)ロシアとの密接な関係
ロシアのウクライナ侵攻が始まる前まで、トルコは最もロシアに近いNATO加盟国と見られていた。その大きな理由は、トルコがロシアから防空ミサイルシステムのS-400を購入し、2020年12月14日に米国から「敵対者に対する制裁措置法(CAATSA)」、いわゆるロシア制裁法に基づく措置を発動されたことによる。CAATSAより、トルコの国防産業庁(SSB)、そして同庁長官のイスマイル・デミル(Ismail Demir)を含む幹部4人に制裁が適用された。

また、シリア内戦において、ロシアとトルコは対立する陣営(ロシアはアサド政権、トルコは反体制派)を支援しているが、2017年1月以降、イランを含め共同で停戦に向けたアスタナ会議を定期的に開催するなどしていた。リビアに関しても対立する陣営を支援していたものの、トルコとロシアの間でコミュニケーションがとれていたことが、停戦交渉を進める推進力となっていた。

トルコとロシアの経済関係も密接であった。特に石油や天然ガスといった化石燃料が国内でとれないトルコはロシアやイランといった化石燃料が豊富な隣国に対する依存が大きかった。トルコにとってロシアは最大の天然ガス輸入国であった。加えて、トルコは2000年代後半から原子力発電所の建設を目指して各国との協力を模索してきたが、ロシアはその筆頭であり、黒海沿岸のアクッユにおける原発開発に関わってきた。アクッユの原発はトルコ共和国の100周年にあたる2023年の完成を目指していた。観光業に関しても両国の関係は密接であった。近年、観光客として最も多くトルコを訪れていたのがロシア人であった。

(2)ウクライナとの関係とNATOへの回帰傾向
このようにトルコとロシアの関係は深い。他方で、トルコとウクライナの関係も強固であった。トルコとウクライナの関係の象徴となっているのが、2019年からトルコがウクライナに販売しているバイラクタルTB2というドローンである。バイラクタルTB2は欧米のドローンと比較してもコストパフォーマンスが良いと言われており、リビアやアゼルバイジャンとアルメニアの間で起きた第2次カラバフ紛争でも使用された1。トルコとウクライナはロシアのウクライナ侵攻直前の2022年2月3日に自由貿易協定(FTA)を締結しているが、これはバイラクタルTB2のさらなる輸出を念頭に置いたものとも考えられている。また、クリミア半島を中心に居住するクリミア・タタール人は民族的にトルコ人に近いテュルク系の人々であり、トルコとの関係が良好である。そのため、トルコは2014年のロシアによるクリミア併合時にもウクライナの領土的一体性の維持を強調していた。

トルコはロシアと最も親密なNATO加盟国だと指摘したが、トルコの政策決定者たちはNATOを脱退してロシアと中国が主導する上海協力機構に加盟することなどは想定していないように思われる。あくまで、バランスを重視し、米国の中東やユーラシアの問題への関与の低下を危惧し、リスクヘッジする形でロシアとの関係を強化していると考えられる2。この傾向は2020年12月のCAATSA発動およびジョー・バイデン政権の発足以降、より顕著となっている。

トルコの仲介に向けた動き
ここまで見てきたように、トルコはロシア、ウクライナ双方と良好な関係にあり、また、NATO加盟国でありながらロシアにも配慮してきた。ロシアとNATOの間のバランスを重視してきたトルコにとって、ロシアのウクライナ侵攻は、明確にロシア側かウクライナおよびNATO側か、どちらにつくかの選択を迫られる危機であった。そこでトルコは、ウクライナの領土的一体性および人道支援に配慮しつつ、ロシアとの密接な関係を生かして仲介者として立ち振る舞うことを志向した。ウクライナを擁護しつつ、ロシアへの経済制裁には乗り気でないトルコは、積極的な仲介者となることで、どちらかの側につくことで生じるリスクを回避しようとした。

3月10日にトルコ南部のアンタルヤで、トルコのメヴルット・チャヴシュオール外相に加え、ロシアのラブロフ外相およびウクライナのクレバ外相が出席した3者会談が実現した。この外相会議は、ロシアのウクライナ侵攻後、初めてのロシアとウクライナの政府高官の接触であった。3月29日にもイスタンブルでロシア、ウクライナの代表団が停戦交渉を実施し、仲介者としてのトルコの役割が注目されるようになった。

トルコの政策決定者たちは他国の指導者同様、国際社会の平和と安定を望んでいるが、仲介者となることで明確にどちらかの側につくことを先送りにしているようにも見える。トルコは3者会談を実施するために、事前にエルドアン大統領、チャヴシュオール外相が多くの首脳と調整を行っていた。3者会談後も、EU首脳やNATO加盟国の政府高官を中心に積極的に停戦に向けた交渉を実施してきた。4月に入り、各国首脳との調整は下火となっているが、トルコは、明らかにロシア寄りのベラルーシなどと比べると、ロシアとウクライナの首脳会談の実施場所として最も適しているように見える。

とはいえ、トルコとしても仲介者の立場を維持するのは難しい。例えば、ロシアはトルコがウクライナにバイラクタルTB2を売却していることに苦言を呈している3。また、トルコはロシアを国際社会から排除することには反対しているものの、国際的な会合においてはウクライナ支持の姿勢を明確にしている。例えば、トルコはG20の会合などでも一貫してロシアへの経済制裁に反対の姿勢を示してきたが、最近、チャヴシュオール外相は、もし国連がロシア制裁を承認するのであれば、トルコもロシア制裁に加わらざるを得ないと発言したと報じている4。ロシアの国営タス通信の報道なので真相は定かでないが、ロシアがトルコを牽制していると解釈することが可能だろう。

トルコ国民の脅威認識
次に、トルコ国民の脅威認識について検討していきたい。まず、2013年からトルコ国民を対象に世論調査を継続して行っているカディルハス大学の直近3年間の世論調査を見ると(表1参照)、ロシアに対する脅威認識は2021年で12番目となっている。冷戦期にトルコの最大の脅威であり、それがNATO加盟を後押ししたこと、そしてトルコとの地理的な近さを考えると、ロシアに対する脅威認識は冷戦後、特に近年は劇的に改善していたと言える。

また、トルコの世論調査会社のひとつであるメトロポール社のツイッターで2022年1月26日に掲載された「トルコの外交で重視すべきは欧州連合(EU)・米国か、それともロシア・中国か」に対する回答および2022年4月3日の同様の質問に対する回答をまとめたのが表2である。2020年から2022年にかけて、ロシアと中国を重視すべきという割合は年々増加し、2022年1月は40%に迫る勢いであった。しかし、ロシアのウクライナ侵攻後は大きく減り、再度30%以下となった。

ウクライナ危機の責任は誰がとるべきかという2022年3月の質問に関しては、米国・NATOが48.3%、ロシアが33.7%、ウクライナが7.5%となっている5。トルコ国民の半数は、今回のロシアのウクライナ侵攻の責任は米国・NATOがとるべきと考えている可能性が高いことが調査からわかった。ただし、この世論調査だけではトルコもNATOの一国として積極的な役割を果たすべきなのかまでは読み取れない。また、ロシアが責任をとるべきという回答をした人たちのなかにも、ロシアを糾弾している人たちとロシアには責任をとれる能力がまだあると考えている人たちが混じっている可能性がある。

『同盟の起源』で国際関係論における「脅威均衡論」を提唱したスティーヴン・ウォルトは、脅威認識に関して、地理的近接性、総合的なパワー、攻撃能力、攻撃的な意図という4つから成り立つと論じている6。ロシアの地理的近接性、総合的なパワー、攻撃能力に関しては変化していないので、やはり攻撃的な意図の変化に対して、トルコ国民も敏感に反応したと理解できる。

21世紀〈冷戦〉(?)でのトルコの対応
ウクライナ戦争が長期化するにつれ、新たな〈冷戦〉7状態が起こるのではないかということが懸念されている。冷戦という概念は、熱戦に至らない対立状態を指す言葉として、これまでも「アラブ冷戦」8などと言われて、他の地域における対立状態にも援用されてきた。しかし、冷戦は狭義には20世紀の米ソ冷戦を指す概念である。ここでは狭義の冷戦を〈冷戦〉として表記する。それでは、ウクライナ戦争による冷戦は新たな〈冷戦〉となるのだろうか。

〈冷戦〉は3つの対立軸で構成されていた。それらは、イデオロギー対立、核兵器をめぐる対立、そしてコミュニケーション機能の低下である9。20世紀の米ソ冷戦は自由民主主義と共産主義の間の対立であったが、現在は自由民主主義と権威主義の対立の様相を見せている。また、プーチン大統領がしばしば核兵器の使用に言及しているように、核兵器をめぐる対立も存在する。コミュニケーションは一定程度確保されているが、ロシアへの経済制裁などで相互依存の状況も低下しつつある。21世紀型〈冷戦〉が生じつつあるという状況はあながち間違いではないように見える。

それでは21世紀型〈冷戦〉にトルコはどう対応するのだろうか。トルコは、ロシア・中国と米国・EU・ウクライナの間でバランス重視の姿勢をとっている。また、権威主義化しつつあると指摘されることが多いトルコであるが10、ウクライナ戦争が長期化すればするほど、トルコは米国・EU・ウクライナに傾倒すると考えられる。トルコはロシアからの化石燃料の輸入を代替するため、イスラエル、サウジアラビア、UAEとの経済関係を強化し始めている。また、経済政策に不安を抱えるトルコは、欧米からの制裁だけは避けたいはずである。1960年代の「ジョンソン書簡」11に代表されるように、トルコの政策決定者はNATO加盟国ながら、NATOの集団安全保障を十分に信頼していない可能性もあるが、それでも欧米との関係を失うリスクは冒さないだろう。安全保障および経済のリスクを考え、ウクライナ戦争の停戦および長期化を防ぐために、当面トルコは仲介に邁進していくと筆者は予想する。

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