消滅都市 「小ヒロシマ」に残る相互不信 「王墓を掘り返し、 家畜も」-Part 2

東京, 2月9日, /AJMEDIA/

①王宮と王族の墓

街の入り口近くに、 女性の顔をかたどった新しい墓標が立つ。 前回の「シュシャ」からの報告で触れた ナゴルノ・カラバフの詩人フルシドバヌ・ナタバンの墓だ。王族出身の彼女は、ここに葬られていた。

しかし、アルメニア軍の占領中に墓は壊され、 遺骨は掘り出されて行方不明になったという。 今の墓標 は、再建されたものだ。 「彼らは、アゼルバイジャンの遺産を消し去ろうとした」とイマノフさんは憤る。

その隣には王宮の建物の一部が残る。

「この中で、 彼らは家畜を飼っていたのです。 私は解放間もない2020年12月にここを訪れましたが、 中 には排泄(はいせつ) 物がありました」。 現在はその一部の状態を保存し、訪れる人に示している。

② モスク

街の中心部に入ると、 修復中で足場を組まれている2本の塔が見えてきた 1860年建造の「ジュマ・モ スク」のミナレット (塔)。 周囲の建物が軒並み破壊されているにもかかわらず塔が残ったのは、 アルメニ ア軍が見張り台として使っていたからだという。 「ただ、 礼拝に使われていた内部では牛と豚が飼われて いました」

その隣は、かつて噴水があった街の中心の広場。 手前に郵便局、正面に劇場があり、いずれも崩れかけている.

その向こうには、 鉄筋コンクリート3階建ての新たな建物が建設中だった。 中学校だという。 「千人の生 徒を迎える予定です」。 当局は、アルメニアに支配される前にここに住んでいた元住民を26年までに 徐々に帰還させる計画だ。

「元住民に調査をしたところ、 67% が 『すぐに戻りたい』と答えました。 彼らのためにドアを開かなければなりません。 多くの住民にとって、ここに戻って働くことは、夢の実現ですからね」

アグダムは紛争前、 綿花製造や牧畜、 ワイン醸造で知られていたという。 このような産業を復活させる のが目標だ。

③墓地

街の一角に、 紛争で死亡したアゼルバイジャン軍の兵士らの墓地がある。 「愛国戦争の殉教者たち」 と書かれた看板が立つ。

「アルメニア軍は墓を全て掘り返しました。 遺骨は一つも残っていません。 彼らは墓石を持って行って階段をつくり、遺骨から金歯を抜き取ったのです」

事実とすればおぞましい話だが、 真偽のほどはわからない。

続きがある

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