「ウクライナは国ですらない」「キエフはロシアの都市の母」プーチンは本気で侵攻するか

東京, 2月22日, /AJMEDIA/

<ウクライナを支配下に置き続けるという決意には、歴史的・感情的な要素もある。だが80年代のアフガン侵攻の二の舞になりかねないことはプーチンも分かっている>

帝国が静かに崩壊することは決してなく、敗北した大国は常に失地回復の野心を抱く。第1次大戦後のドイツがそうであり、現在のロシアもまたそうだ。

2005年にロシアのプーチン大統領は、ソビエト連邦の崩壊を「20世紀最大の地政学的惨事」と呼んだ。そして、国境の外にいるロシア系少数民族を保護するという口実で、その惨事を覆そうとしている。

プーチンの究極の狙いは第2次大戦後の秩序を取り戻すこと、ヤルタ協定のようなロシアが旧ソ連の勢力圏を回復すると言明した新しい協定を結ぶことだ。

プーチンに言わせれば、このアプローチが「平和的発展」に不可欠である。

現実として、ロシアはその勢力圏を保持している。主な手段は、ナゴルノカラバフ自治州をめぐるアルメニアとアゼルバイジャンの軍事衝突や、モルドバからの分離独立を宣言したトランスニストリア(沿ドニエストル共和国)をめぐる紛争など、旧ソ連圏の「凍結された紛争」への介入だ。

だがロシアは今、極めて重要なピースを失いかけているかもしれない。

ウクライナをめぐるロシアと欧米の膠着状態は、この国の大きさと戦略的価値を反映している。ただし、ウクライナを支配下に置き続けるというプーチンの決意には、歴史的および感情的な要素もある。

2014年にウクライナ南部のクリミアを併合した後、プーチンは熱狂的な観衆に、クリミアは「人々の心の中では常にロシアの欠くことのできない一部」だと語り掛けた。ウクライナは正統派キリスト教王国としてのロシアの象徴であり、首都キエフは「ロシアの都市の母」とされている。

最近もプーチンは、「ウクライナは国ですらない」「ウクライナの領土の『大部分』は私たちに与えられたものだ」という長年の主張を繰り返している。

ウクライナをNATOに加盟させないために、プーチンがあらゆる手段を講じるつもりなことは明らかだ。

アメリカとしては、ロシアによる大規模な侵攻はもちろん、例えばウクライナ東部を併合して領有権の及ぶ回廊をロシアとクリミアの間につくるための「小規模」な侵攻でも、断固とした対応を取る可能性は十分にある。

もしもアメリカが動かず、ヨーロッパでも有数のウクライナ軍を倒したとしても、ウクライナへの侵攻はロシアにとって、1980年代のソ連によるアフガニスタン侵攻と同じくらい打撃になりかねない。

プーチンもそこは分かっていて、自分がつくり出した危機に対し、メンツを保てるような外交的解決を歓迎するかもしれない。

1990年2月にベーカー米国務長官はソ連のゴルバチョフ大統領に、NATOは「東に1インチも拡大しない」と約束した。同年9月の東西ドイツ統一の枠組みを定める「2プラス4会議」で、ソ連はドイツのNATO加盟のみ承諾した。

しかし結果として、冷戦末期にロシア西端のレニングラード(現サンクトペテルブルク)はNATOの東端から約1900キロ離れていたが、現在は160キロほどに迫っている。

この膠着状態が解消したら、アメリカはNATOの拡大計画を再考するべきだ。

冷戦政策の父として知られるジョージ・F・ケナンが1997年に予想したとおり、NATOの東方拡大はロシアの「民族主義的、反西洋的、軍国主義的傾向」をあおり、「ロシアの外交政策を明らかに(西側が)好まない方向に」向かわせている。オバマ大統領(当時)のように、ロシアを「地域の一つの勢力」と見なすのは、危険なほど逆効果だ。

ロシアは侮れない力を持っており、彼らの正当な懸念は尊重されなければならない。

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