東京, 8月4日 /AJMEDIA/
夏の夜空で「天の川」や「夏の大三角」とともに見られる星座の1つが「かんむり座」ですが、この方向にある肉眼では見えない暗い星が、およそ80年ぶりに「新星」と呼ばれる爆発現象を起こす可能性があると専門家などが注目しています。爆発現象が起きた場合には、一時的に明るく輝いて、肉眼でも見えるようになるということです。
「かんむり座T星」は、地球からおよそ3000光年離れたかんむり座の方向にある、2つの星が連なった肉眼では見えない暗い星です。
この星では、これまでに「新星」と呼ばれる爆発現象が1866年と1946年の2回、観測されています。
この現象の周期は、およそ80年とみられることや、爆発前の兆候として、暗くなり始めたといった指摘があり、専門家や愛好者の間では、近いうちに再び「新星」が起きるのではないかと注目が高まっています。
「新星」について詳しい、徳島県阿南市の科学センターの職員、今村和義さんによりますと、「新星」は、天の川銀河の中だけでも、年に数件から10件程度見つかるということですが、今回のように、時期がある程度予測でき、肉眼でも見えるほど明るくなるケースは珍しいということです。
「かんむり座T星」の爆発現象は、半日ほどで明るさのピークを迎え、数日の間は肉眼で見ることができる見込みだということで、今村さんは「80年に1度しか見られない貴重な天体ショーで、肉眼でも見ることができます。ぜひ夜空を眺めて“新星”を探してみてほしい」と話していました。
「かんむり座T星」夏の夜空での見つけ方
かんむり座T星を夜空で探すには、「夏の大三角」など、ひときわ明るい星が目印となります。
国立天文台によりますと、8月中旬の夜9時ごろの東京の夜空では、頭上にある「夏の大三角」の1つ、こと座のベガよりも西側に、半円の形に星が並び、王冠のように見えるかんむり座があります。
かんむり座T星は、この王冠の左下に位置しています。
また、西の夜空にはオレンジ色のアークトゥルスと呼ばれる、うしかい座の明るい星があり、この星と比べるとやや東寄りに、かんむり座と、かんむり座T星があります。
かんむり座T星が「新星」と呼ばれる爆発現象を起こした場合、北極星と同程度まで明るくなり、数日ほどは、都市部でも肉眼で見られる可能性があるということですが、望遠鏡や双眼鏡を使えば、より見つけやすくなるということです。
国立天文台の広報室長、山岡均さんは「明るくなったら、ほぼ80年ぶりということで、とても注目されます。皆さんもぜひ目撃してはいかがでしょうか」と話していました。
「新星」なぜ爆発繰り返す?
そもそも「新星」と呼ばれる爆発現象を起こす天体は、1つの星ではなく
▽太陽のように輝く「恒星」と
▽「白色わい星」という小さい星の
2つが連なったものです。
「恒星」の水素ガスが、「白色わい星」に引き寄せられて降り積もり、一定の量に達すると核融合が生じて爆発が起きるとされ、遠く離れた私たちからは、新しい星が突然、夜空に現れたように見えます。
爆発は一時的で、2つの星自体が無くなるわけではないので、ガスが降り積もって一定の量に達すると、再び「新星」として爆発を繰り返します。
かんむり座T星のような一部の例外を除き、注目されることが少ないものの、天の川銀河の中も含めて、宇宙で普遍的に起きている天文現象の1つです。
「新星」生命に必須の元素リンを月の10倍も生成
最新の研究からは、この「新星」は、生命の誕生にとって重要な意味があることが分かってきています。
国立天文台の辻本拓司助教によりますと、一定の条件を満たした新星では、大量のリンが作り出されますが、リンは遺伝子や歯、骨などに含まれ生命に必須の元素です。
かんむり座T星の爆発について試算したところ、地球を周回する月の質量の10倍ものリンが生み出され、宇宙空間に放出される可能性があるといいます。
宇宙の謎だった「リン」供給源が新星爆発か?
生命に必須の元素については、
▽水素は138億年前に起きたビッグバンで宇宙が誕生した直後に生じたほか
▽酸素や炭素などは、星の内部の核融合で作り出され、星が一生を終えた際などに起きる大爆発「超新星爆発」によって宇宙にもたらされると考えられています。
ところが、リンについては、こうしたメカニズムでは宇宙に存在する量の一部しか説明できず、主な供給源が何なのか謎が残されていたと言います。
辻本さんは、新星を起こす天体は、10億年から20億年をかけて1万回もの爆発を繰り返すことを考慮した理論モデルを構築して分析したところ、宇宙に存在するリンの量の大部分が説明できると論文で発表し、新星が宇宙に存在するリンの主要な供給源だと突き止めました。
辻本さんは「新星によって宇宙に大量のリンがもたらされた結果、生命が存在する現在の宇宙の姿になった。かんむり座T星で爆発現象が起きれば、まだ分からないことが多い新星について、1つずつ解明していくきっかけになると思う」と話していました。
戦後まもない日本で目撃した少年
およそ80年ごとに周期的に爆発を繰り返しているかんむり座T星は、前回は78年前の1946年2月に急激に明るくなり、世界各地で観測されました。
この中に、敗戦の痛手からまだ立ち直っていない日本の17歳の天文愛好者の少年がいました。
吉原正廣さんです。
吉原さんは、空腹のため夜中に目が覚め、気を紛らわせようとバラックの自宅を出て、真冬の澄んだ夜空を見上げたところ、決まった星の並びの中に見たことのない明るい星が輝いていることに気が付いたといいます。
最初は目を疑ったものの、すぐに「新星」だと直感し、厚紙で作った筒に、欠けたレンズを組み合わせた自作の望遠鏡で確認しました。
吉原さんは、このことをハガキで専門家に知らせました。
新星の発見は“生きる糧”に
世界で最初の発見とはなりませんでしたが、このことが、のちに認められて日本天文学会から賞が贈られました。
吉原さんは、2021年5月に92歳で亡くなりましたが、長女によりますと、晩年になっても当時の記録を大切に保管していたほか、家族に思い出話を語るなど、発見したことを誇りにしていたということです。
長女の高野ひろ子さんは「実は戦争中よりも戦後のほうが生活は厳しく、食べるものが本当になくなり、これからどうやって生きるか分からなかったと父は話していました。かんむり座T星の新星を発見できたことについて、父になりかわって想像すると、ものすごいエネルギーを宇宙からもらったというか、絶対に生きる糧になったのだと思います」と話しています。
再び明るくなると注目されていることについては、「1つの天体ショーとしてだけではなく、輝きを見ることができれば、『おーい、おとうさーん』と思わず呼びかけてみたくなるような、父の残像がそこに見える気がするので、ぜひ私も出会ってみたい」と話していました。
「新星」長年待ち望む人も
およそ80年ぶりとなる、かんむり座T星の爆発現象を待ち望み、みんなで観測しようと呼びかけている人もいます。
徳島県阿南市にある科学センターの職員、今村和義さん(38)です。
プラネタリウムの解説や星の観望会を行うかたわら、天文愛好者として、この目で「新星」を捉えようと、毎晩、かんむり座T星を観測しています。
今村さんは、突然、夜空に星が輝く新星爆発の不思議さに魅了され、大学院で「新星」を研究していたとき、80年の周期で爆発する、かんむり座T星と出会いました。
9年前の2015年、岡山県内の天文博物館に勤務していた時にも、地元の市の広報誌にかんむり座T星に関するコラムを執筆するなど、長年「新星」が起きるのを待ちわびてきました。
ことし5月からはインターネット上で、全国の愛好者らに「爆発を監視しよう」と呼びかけ、日々、観測される画像や星の明るさを報告してもらうキャンペーンを展開したところ、すでに200件を超えるデータが集まっているということです。
今村さんは、観望会に参加した夏休みを迎えた子どもたちなどに、かんむり座T星について紹介していて、多くの人に楽しんでほしいと考えています。
参加した児童は「きょうはまだ星は暗かったけど、爆発が見てみたいので、毎晩、観察したい」と話していました。
今村さんは「かんむり座T星をはじめて知った時には、まだ先だと思っていたが、いよいよ80年の周期が迫ってきました。徳島県阿南市では、たくさんの星や星座が観測できるので、ぜひ注目してほしい」と話していました。