東京, 11月15日, /AJMEDIA/
日本やアメリカなどが参加する経済連携の枠組み、IPEF=インド太平洋経済枠組みの閣僚級の会合はアメリカで2日目の議論が行われ、脱炭素に向けた投資を促進する「クリーン経済」など、新たに2つの分野で実質妥結する見通しです。
IPEFは、日本やアメリカ、インドなど14か国が参加する枠組みで、影響力を強める中国に対抗することを念頭に、4つの経済分野での連携強化を目指しています。
重要物資の「サプライチェーン」はすでに実質妥結しているため、13日からアメリカのサンフランシスコで行われた閣僚級の会合では、「貿易」や脱炭素に向けた投資を促進する「クリーン経済」、汚職の防止などの「公正な経済」の3つの分野で交渉が行われました。
このうち、初日の「貿易」は各国の意見の隔たりから実質妥結できなかった一方、関係者によりますと、14日から議論が始まった「クリーン経済」と「公正な経済」の2つの分野は実質妥結する見通しで、IPEFの首脳会合で最終的に決定されるということです。
このうちクリーン経済では、新興国の脱炭素の実現などに向けて新たな基金を設立することで合意し、アメリカと日本、オーストラリアについてはそれぞれ1000万ドル規模の資金協力を行います。
今回、すべての分野での実質妥結はできませんでしたが、交渉を主導するアメリカや日本としては、新興国の関心も高いサプライチェーン強化などで具体策を打ち出し、各国の結束を図りたい考えです。
「クリーン経済」「公平な経済」は実質妥結の見通し
今回のIPEFの閣僚会合では、「貿易」「クリーン経済」「公平な経済」の3つの分野で交渉が行われ、「貿易」以外の2つの分野で実質妥結する見通しです。
このうち、脱炭素社会の実現に向けた「クリーン経済」では、参加国が多様な道筋で取り組みを進め、再生可能エネルギーや省エネルギーを推進するとしています。
また、持続可能なインフラや脱炭素の技術への投資を促進するため、新興国の脱炭素の取り組みを支援する基金を設立し、日本とアメリカは、それぞれ1000万ドル規模の資金協力を行います。
一方、これまでの交渉で意見の隔たりがあった電気自動車などの導入に関する数値目標は見送られ、各国の事情を踏まえた脱炭素の取り組みを支援していく見通しです。
このほか、汚職防止の取り組みなどを進める「公正な経済」の分野では、自国の経済における公平性や透明性、法の支配などを強化し、贈収賄を含む腐敗の防止や税の透明性の確保などで協力する方向です。
実質妥結に至らなかった「貿易」の分野では、貿易の手続きに関する情報のオンラインでの公表や、税関に提出する書類のペーパーレス化に義務として取り組むことなどは各国の間で確認できたということです。
一方で、経済効果への期待が大きい、データ流通に関するルール作りや、強制労働を伴った製品の輸入禁止などでは、意見の隔たりもあって合意には至らず、「貿易」全体としては、実質妥結は見送りとなりました。
西村経産相「日本企業にもさまざまなチャンスが広がると期待」
西村経済産業大臣はIPEFの閣僚級の会合を終えたあと記者団に対し、「クリーン経済」と「公正な経済」の2つの分野で非常に大きなしんちょくがあり、首脳会合で最終的に決定される見通しを示しました。
また西村大臣は、新興国の脱炭素の実現などに向けて新たに設けられる基金に、日本、アメリカ、オーストラリアの3か国がそれぞれ1000万ドルを拠出する方針も明らかにしました。
その上で、IPEFの意義について、「人口の多い国々や若い国など、世界の成長センターというべき地域なので、ルールの統一や協力関係の強化によって、日本企業にもさまざまなチャンスが広がってくると期待している」と述べました。
IPEFのこれまでの経緯とアメリカのねらいは?
IPEF=インド太平洋経済枠組みは、アメリカのバイデン大統領が去年5月、東京で立ち上げに向けた協議開始を発表しました。
アメリカのねらいは、世界のGDPのおよそ40%を占めるインド太平洋地域で、存在感を増す中国へ対抗することです。
アメリカは、もともと関税の撤廃や投資の自由化を進めるTPP=環太平洋パートナーシップ協定を主導していましたが、トランプ前政権下で脱退。
ASEAN=東南アジア諸国連合の国々が多く参加するTPPからの脱退は、「アメリカのアジアからの撤退」とさえ受け止められました。
バイデン政権の発足でTPPへの復帰が期待されましたが、関税撤廃などが含まれるこの協定には、安い製品や農産物の輸入増加を恐れる自国の労働者からの反発の声が根強いとして、慎重な姿勢を貫いています。
一方、アメリカのTPPからの脱退は、東南アジア各国と経済的な結び付きを強めてきた中国にとっては、願ってもない状況となりました。
アメリカの研究機関、ピーターソン国際経済研究所の分析によりますと、IPEFの参加国のうち、アメリカと日本をのぞく、ほぼすべての国が2010年以降、輸出・輸入ともに中国への依存度を高めていて、平均で、モノの輸入は全体の30%以上が中国から、輸出は、中国向けがおよそ20%を占めるまでになっています。
さらに去年1月には、関税の引き下げなどが盛り込まれ、中国が加わる「RCEP=地域的な包括的経済連携」が発効。
この地域での「アメリカ不在」とも言える状況で、中国の経済的な存在感は高まる形となりました。
こうした中で、バイデン政権が推進しているのがIPEFです。
経済連携で最も重要と言える関税の撤廃を含みませんが、新型コロナの感染拡大によって生じた半導体不足など世界が抱える構造的な課題であるサプライチェーンの強化や、世界で急速に進む脱炭素への取り組みなど、4つの分野を柱に据えています。
いずれも単独の国では解決が難しいうえ、過去のTPPやRCEPといった経済連携では想定されていなかったテーマです。
さらに中国は、特定の国への貿易を制限するなどして「経済的威圧」を行っているとの批判を受けていて、中国が旗振り役を担うことは難しいと見られる分野でした。
バイデン政権は、去年9月にロサンゼルスで初めての対面での閣僚級会合を開き、ことし5月に開催したデトロイトの会合では、サプライチェーンの強化で実質妥結に至りました。
感染症の拡大や紛争などによって半導体や鉱物といった重要物資の供給が途絶えた際、その影響や原因などについて速やかに情報共有を行うとともに、供給が途絶えた国に対し他の参加国が重要物資の増産や共同調達などを通じて支援することが決まりました。
バイデン政権は、アメリカが議長国を務めるAPEC=アジア太平洋経済協力会議の首脳会議にあわせて、APECの多くの国々が参加するIPEFを開催し、残る3つの分野の早期妥結に向けて、具体的な成果を打ち出すことを目指してきました。
アメリカと中国 経済対立と対話の経緯
アメリカと中国の対立は、前のトランプ政権時代に激化しました。
アメリカ政府は2018年3月、中国などからアメリカに輸入される鉄鋼やアルミニウムに対して高い関税を課す異例の輸入制限措置を導入。
中国で過剰に生産された鉄鋼やアルミニウムがアメリカに安値で輸入されていることが、鉄鋼業に打撃を与え、安全保障上の脅威になっているという理由でした。
バイデン大統領の就任後も、中国への強硬姿勢は変わりません。
去年8月には、EV=電気自動車のサプライチェーン全体で高いシェアを誇る中国に対抗するため、北米地域で組み立てられたEVの購入者に税制優遇策を講じることを盛り込んだ異例の法律を成立させました。
さらに去年10月には、大量破壊兵器や最新の軍事システムに転用が可能な半導体関連製品について、中国向けの輸出規制を強化すると発表。
中国のスーパーコンピューターの開発や、最先端の半導体の製造能力を抑えこむねらいでした。
そして、ことし2月には、アメリカ商務省が半導体工場の国内での建設を後押しする巨額の補助金の申請受け付けを始めました。
補助金を受ける企業は今後10年間、中国で新たな関連の投資を行わないことを条件とするなど、露骨な中国外しを進めています。
これに対して中国側も、習近平国家主席が「国際的なサプライチェーンの中国への依存度を高めることで、外国による供給網の遮断に対し強力な反撃と抑止力を形成する」という方針を示すなど、対抗する構えをとっています。
アメリカなどを念頭に、各国が中国に依存する資源などを、いわば「武器」として用いるねらいとみられ、3年前には安全保障に関わる製品などの輸出規制を強化する「輸出管理法」を施行しました。
ことし8月からは、この「輸出管理法」に基づいて、希少金属のガリウムとゲルマニウムの関連品目について輸出規制を実施。
ガリウムとゲルマニウムは、半導体の材料などに使われる物質で、中国が世界的に高いシェアを占めていて、アメリカや日本などをけん制するねらいがあるとみられています。
対立が深まる中、バイデン大統領は、経済大国の両国が継続してコミュニケーションを図っていくことは重要だとして、ことし7月にはイエレン財務長官、8月にはレモンド商務長官を相次いで中国に派遣しました。
イエレン長官と中国の何立峰副首相との会談では、経済と金融に関する2つの作業部会の設置で合意し、両国の高官が意見を交わす会議がそれぞれスタートしています。
こうした中で、10月にはアメリカのバイデン政権が、中国を念頭に置いた経済安全保障政策の一環として、中国向けの半導体の輸出規制を強化する措置を発表しましたが、一連の輸出規制について、バイデン政権は軍事転用のおそれのある半導体など一部の先端技術に限定する形で行う一方、それ以外の分野では経済活動を続ける方針を強調しています。
一方、中国としても、不動産市場の低迷の長期化などを背景に景気の先行きに不透明感が広がる中、貿易でも密接に結び付く世界最大の経済大国、アメリカとの対立の激化は避けたいという思惑があるものと見られています。