ウクライナ侵攻の伏線、欧米が関与した旧ソ連の「民主化」と「ハイブリッド戦争」

東京, 9月3日, /AJMEDIA/

 21世紀の旧ソ連諸国を語るにあたって、ひとつの軸となる要素は「民主化」だ。

 旧ソ連の国々の民主化の流れの中に、「カラー革命」と呼ばれる一連の「無血革命」がある。それらが、前回までに聞いた「未承認国家」もかかわる紛争の連鎖の中にも織り込まれていくことで、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻への伏線ともなっていることを、ここでは見ておきたい。

「民主化というと、1989年にベルリンの壁が崩壊したことに象徴される東欧革命がよく知られていると思います。一方で、色革命、カラー革命などと呼ばれているものは、まず2003年にジョージアで起きたバラ革命から始まるものです。2003年の議会選挙で不正があったとして反発した市民が、バラの花を持って議会を占領し、結局、大統領は辞任、再選挙が行われることになりました。のちに南オセチア紛争(2008年)を引き起こした側の一人、サーカシビリ大統領がその時、選ばれました。さらに、ウクライナでは、2004年11月の大統領選挙の結果をきっかけにしたオレンジ革命が続きました。民主化への革命とされていますが、東欧革命が自然的につながったのに対して、カラー革命は、欧米が深くコミットしたものだというのが違う点です。なお、2005年のキルギスのチューリップ革命もカラー革命に含める論者もいますが、こちらには欧米の関与が見られないため、区別した方が良いと思います」

 カラー革命の帰結として、各国とも、民主化、欧米志向のリーダーを選ぶに至ったが、その後、民主化が進展したという評価は得られていない。例えば、ジョージアのサーカシビリ大統領は、その後、権威主義的な政権に回帰したし、ウクライナでも縁故主義や汚職が跋扈し、2014年には新たに欧米志向を明確にする「マイダン革命」が起きた(と同時に、ロシアによるクリミア併合と、東部における「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」、二つの未承認国家の誕生という事象も、ウクライナの民主化、欧米志向への鋭い応答として起きた)。

 これらのカラー革命には、「欧米が深くコミットした」面があるというのも重要な論点になろう。

「ニューヨークに本部を持つソロス財団(オープン・ソサエティ財団)のようなNGO、アメリカ政府までがかかわり、資金面、技術面の援助をしたとされます。技術面というのは、つまり、こういうふうにやれば革命ができるというノウハウで、セルビアの『オトポール!』などが革命を指導したと言われています。オトポールは、2000年、ユーゴスラビア大統領だったミロシェビッチを退陣に追い込んだ運動を主導した団体です。彼らのマークは、『抵抗』を意味する振り上げたこぶしで、ジョージアやウクライナのカラー革命の時にも、オトポールの旗を振っている人が散見されました。自然的な連鎖ではなく、意図的に連鎖させられた部分が大きいのが色革命だったのではないかと考えています」

 このあたりには、現在、ロシアのお家芸のように語られる「ハイブリッド戦争」の要素が感じられてならない。ハイブリッド戦争とは、情報戦、サイバー戦、非正規戦などを組み合わせて、『軍事的な全面戦争』に至る前に要求をのませたり、戦闘が避けられない場合も、それを有利に運ぶ現代的な戦争の形態を指す。バラ革命も、オレンジ革命も、抗議運動からほぼ「無血」で実現したもので、リアルな「戦争」には至らなかった。その一方で、情報戦の面ではかなりのことが行われた形跡がある。また、「革命」のノウハウを、海外のNGOや政権の梃子入れで「輸出」するというのは、内政干渉と言われても仕方がない部分があるだろう。

「結構、節操ない手段で欧米も関与しているんですよ。例えばオレンジ革命のときも、わたしのアゼルバイジャン人の知人で、お母さんがウクライナ人の人がいて、やっぱりウクライナ語も上手なので、2004年、米国にリクルートされたと言っていましたね。キーウ(キエフ)に豪華なマンションを買ってもらって、そこを拠点に諜報活動をやって、情報をアメリカに伝えたり、アメリカからの情報をウクライナの活動家に伝えていたそうです」

 ロシアが、内政に干渉する手段として、いわゆる「政治技術者」を送り込むのはよく知られた手法だが、それに相当することは、欧米側もしているという見立てだ。ロシア側は、さらに、ネットインフラへのサイバー攻撃や、情報戦、民間軍事会社を使って非正規戦を行わせ、状況を有利にお膳立てするなど、ありとあらゆる手法を組み合わせた「ハイブリッド戦争」を成熟させた。

「ハイブリッド戦争」が最も成功した事例として挙げられるのが、2014年のロシアによるクリミア併合だという。2008年のロシア・ジョージア戦争の記憶が薄れた頃、また国際社会に大きな衝撃が走ることになったわけだが、まず、そこに至るまでの流れとして、廣瀬さんはこのように素描した。

「2014年3月、ロシアによるクリミア併合が起きるまで、ロシアはプロービング(『探りを入れる』の意)、つまり低強度の様々な攻撃をして、それによってどれくらいの反応が起きてくるかを見て、自分たちがやることと反応のコストパフォーマンスで最大利得を得るような動きをしていたと思います。2008年のときは、ジョージアが宣戦布告をしたとはいえ、最終的にはロシアに都合のいい形で終わったわけですよね。欧米は、その後、ロシアを厳しく咎めなかった。特に米国は、2009年にオバマ大統領が誕生すると、『リセット』を呼びかけ、これまでの米ロ間の問題はなかったことにしましょうと言いました。これは、ジョージアでやったこともなかったことにできるという、間違ったインフォメーションになったと思うんですよ」

 そして、2014年。まず、ウクライナの首都キーウ(キエフ)での「マイダン革命」で、ロシア側に接近しつつあったヤヌコビッチ大統領が失脚する欧米志向の事件があった。一方、ウクライナの中でも多くのロシア人が住むクリミアでは、2014年2月27日から28日にかけて、軍隊章をつけていない親ロシアの武装集団、いわゆる「リトル・グリーン・メン」が侵攻、地方政府庁舎と議会を占拠して、親ロシア政権を誕生させた。3月11日にはウクライナからの独立宣言を採択、3月16日には住民投票を実施、即日開票の結果、ロシアへの編入賛成が実に96.77%ともなる圧倒的多数の賛成を得た。なお「リトル・グリーン・メン」がロシアの特殊部隊だったことは、クリミア併合後にプーチン大統領自身が認めた。非正規戦を取り入れた「ハイブリッド戦争」において、この時点で、ロシアは鮮やかな成功を収めた。本格的な戦争には至らず、大きな人的な損害を出すこともなく、これだけのことを「成し遂げた」のだから。

 もっとも、廣瀬さんは、「ハイブリッド戦争」について、あまり過大な幻想を持つべきではないという立場のようだ。

「ロシアにとって、ロシア・ジョージア戦争が、ハイブリッド戦争の最も重要な『練習』になって、クリミア併合で注目されたわけですが、ハイブリッド戦争が何かを変えたかというと、あまり変化はない気がします。クリミア併合を除き、結局最後は全面戦争に至ってしまっているからです。ハイブリッド戦争は、極力『軍事的な全面戦争』に至らないように、非軍事的な戦いや軍事的脅迫で相手にこちらの要求をのませたり、懲罰行為を行ったりすることにメリットがあるわけで、ロシアと欧米の戦いにおいてはうまく機能しているとも言えるかもしれません。しかし、旧ソ連域内ですと、戦闘に至る事例が多いように思います。クリミア併合やロシアの2007年のエストニアに対するサイバー攻撃を使った懲罰行為などは非正規的な戦いで収まったとも言えますが」

 さらにその後、2014年4月から5月にかけて、ウクライナ東部のロシア系住民が多い地域で、親ロシア勢力が武装蜂起して、「ドネツク共和国」「ルガンスク共和国」が相次いでウクライナからの独立を宣言したことも、親欧米を志向するウクライナに、ロシアが影響力を行使した騒乱の一部として、「ハイブリッド戦争」の要素を見出すことができるだろう。と同時に、この連載での中心的な話題、未承認国家を創設する動きをロシアがここでも示して、国家ではないけれど国際関係上の「主体」(エンティティ) であることを梃子にして目的を遂げようとしたことは、あらためて強調しておきたい。

「もちろん、その後、国際社会からいろいろな制裁があって、ロシアはすごく大変でしたし、今もその制裁に苦しんでいる部分があるのですが、ただロシアはかなりの部分を克服しちゃったんですよね。経済的な締めつけも、内需を増やすとか、貿易多角化とか、経済の効率化とかで乗り切ってしまったので、どんな制裁を受けてもロシアは乗り越えられるのだ、というような間違った自信をつけてしまった。それも今回の侵攻を行う上での背景になったと思います」

 なお、廣瀬さんは2015年、併合後のクリミアでも調査を行っている。はたして、クリミアの人々の「本音」では、ロシアによる併合を歓迎しているのだろうか。

「かなり多くの人がロシア化を歓迎し、こんなにいいことがあったと、いろいろな逸話を話してくれたのも事実です。しかし、完全にロシア化したかと思いきや、そうでもない人もいて、例えば、インタビューをして住民投票はどうでしたかと話すと、『もちろん行きました』と淡々と返事をしてくれた後で、またコソコソッと戻ってきて、『軍人がいっぱいいて脅迫されていたような場面での住民投票に意味があると思うか』みたいなことを言ってきたり。あと、現地で頼んだガイドさんが、わたしはおばあちゃんがウクライナ人でウクライナが大好きだったのに、こうなってしまって悲しい、と言っていたりもしました。クリミアですらそういう空気があって、だから全員が全員、ロシアを手放しで歓迎したわけじゃないですよね」

 旧ソ連諸国の「民主化」をめぐる鍔迫り合いが、「ハイブリッド戦争」の要素を折々に散りばめつつ、2022年2月に至る伏線となったことを見た。さらにもう一つだけ、2020年代に入ってから、この文脈において重要な事項がある。前回でもすでに少し触れた、2020年のナゴルノ・カラバフ紛争の再燃だ。

 この「第二次ナゴルノ・カラバフ戦争」においては、1994年の停戦以来、16年ぶりの大規模な戦闘となり、戦い方は現代化した。相互にサイバー攻撃を仕掛けあい、政府メディア、ソーシャルメディアを活用したプロパガンダが飛び交う中、アゼルバイジャンはトルコから購入した無人戦闘航空機バイラクタルTB2なども有効に活用して、戦闘を有利に進めた。そして、今度はアルメニアに対して勝利を収め、これまで実効支配されていたうちの4割もの国土を取り返した。メディアでは、この戦いについて、ハイブリッド戦争の勝利と捉える向きが多い。

「2020年はもちろん、サイバー情報戦などもあったし、ハイブリッド戦争の要素も多くて、いろんな現代的な兵器を使って展開したことは間違いありません。でも、戦後の発表では、アゼルバイジャン兵も相当(2783人)死んでいるんです。はっきり言ってアルメニア兵死者(2718人)より多いんですよ。そうなりますと、トルコから購入した無人戦闘航空機バイラクタルTB2などがゲームチェンジャーになったというのも事実ではありながら、最後は陸軍の血みどろの戦いなんですよね」

 ここで廣瀬さんがあらためて強調したのは、ハイブリッド戦争の非正規的な戦闘の段階で勝敗が決まるわけでは必ずしもなく、最後は多くの人命を戦場ですり潰すような、旧来型の戦闘になる、ということだ。現代的な様々な手法を組み合わせることで、有利な局面を導くことができたとしても、それによってすべてが決まるわけではないのである。

 こういったことは、2022年2月以降、ロシアによるウクライナ侵攻で、わたしたちが見ているものを考えれば納得できるだろう。クリミア併合のようなことは、むしろ例外だし、長い目で見れば「導火線」ともなっていると考えられる。

「今回ウクライナとロシアも、両方ともがフルスケールのハイブリッド戦争をやっていると思います。その上で、今回のハイブリッド戦争の非正規戦の領域に関してはウクライナの方が勝っているんです。その背景には、ウクライナが、2014年の敗北後、軍がものすごい現代化を図ってきたことがあります。一方でロシアは、昔のウクライナのままだと思っていたみたいですね。でも、実際はかなり改善されていて、例えば電気と電波は絶対落ちないようにするとか、あとは国民の意識を高めたりとか、ITとドローンの戦闘においては一般人も巻き込むとか、様々な対応をしてきました。例えばロシアって今回補給が全くダメでしたけれど、その理由の一つに、ウクライナのサイバー攻撃で、ベラルーシの鉄道を止めて、物資が届くのを2日間ぐらい遅らせたということもありました。それなのに、ロシアは2014年から成長がほとんど見られない。ハイブリッド戦争を有利に戦うには、最先端の技術も必要だということですよね」

 ウクライナ側が、ハイブリッド戦争において、大きな成功を収めているのは間違いなく(それは国際的な支援を取り付けるための情報戦略も含まれるだろう)、それによってなんとか戦線を膠着状態に持ち込んでいる。しかし、勝利するには至らない。実際には、両軍とも多くの人命が失われる戦闘を続けている。非正規戦で決着がつかない以上、「最終的には陸軍の戦い」となって、命を損耗するのが、今も変わらない戦争なのだと廣瀬さんは強調した。

©National Geographic Society

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