初の意識調査 “偏見 差別は依然として深刻” 厚労省

東京, 04月04日 /AJMEDIA/

ハンセン病への差別や偏見の実態を把握するため、厚生労働省が一般の人を対象に初めて意識調査を行いました。
6割以上の人が「ハンセン病への差別意識を持っていない」と答えましたが、2割近くの人が身体に触れることに抵抗を感じると答えたほか、元患者の家族と自分の家族が結婚することに抵抗を感じると答えた人も2割以上にのぼったことがわかりました。
厚生労働省の検討会は、「ハンセン病への偏見差別は現存し、依然として深刻な状況にあることがうかがえた」と結論付けています。
差別や偏見の実態について意識調査 一般の人2万人余りから回答
ハンセン病をめぐっては、かつての国の誤った隔離政策で元患者や家族が差別を受けてきていて、去年、元患者や人権の専門家などでつくる検討会は、差別や偏見の実態を把握するよう求める報告書をまとめました。

これを受け、厚生労働省は去年12月、一般の人を対象にインターネットを通じて初めての意識調査を実施し、2万人あまりから回答を得ました。

調査では、ハンセン病について自分が偏見や差別の意識を持っているかどうかを尋ねたところ、
▼「持っていると思う」が35.4%、
▼「持っていないと思う」が64.6%でした。

また、ハンセン病の元患者や家族に対してどのような場面で抵抗を感じるかを尋ねました。

「とても感じる」と「やや感じる」を合わせた抵抗を感じる人は、
▼「近所に住むこと」で9.3%、
▼「同じ医療機関・福祉施設に通うこと」では7.5%でした。

さらに、
▼「ホテルなどで同じ浴場を利用すること」は19.8%、
▼「手をつなぐなど身体に触れること」には18.5%、
▼「ハンセン病元患者の家族とあなたの家族が結婚すること」については21.8%が抵抗を感じると回答しています。

厚生労働省の検討会は、「ハンセン病への偏見差別は現存し、依然として深刻な状態にあることがうかがえた」と結論づけました。

平成8年まで隔離政策 元患者や家族の救済策設ける
ハンセン病は「らい菌」による慢性の感染症です。

衛生状態のよい今の日本では、感染しても発症することはほぼないものの、有効な治療薬が無かった時は、進行すると手足や顔が変形するなどの後遺症が残りました。

国は感染の拡大を防ぐ目的で、昭和28年に「らい予防法」を定め、患者の隔離政策を進めました。

その後、感染力が極めて弱いことが知られるようになり、治療法が確立されましたが、国は患者を強制的に療養所に隔離する政策を続け、平成8年に法律が廃止されるまで続きました。

ハンセン病の元患者たちは、「国の誤った隔離政策で人権を侵害された」として、各地で国に賠償を求めた裁判を起こし、平成13年5月に熊本地方裁判所が「国は必要がなくなったあとも、患者の強制的な隔離を続け、差別や偏見を助長した」などとして、国に賠償を命じる判決を言い渡しました。

国と国会はその年に隔離政策の誤りを認めて謝罪し、元患者や遺族が申請をすれば補償金を支払う救済策を設けました。

また、令和元年には患者だけではなく、家族も偏見や差別の被害を受けたとして、国が家族に対し、補償金を支払う制度ができました。

家族への補償金の申請は、ことし11月21日までで、あと半年あまりに迫っています。

「うつるから戻ったらいかん」治っても親族に拒まれ帰郷できず
報告書に記載された現存するハンセン病への偏見や差別とはどのようなものなのか、元患者の女性が自分の体験を聞かせてくれました。

岡山県の療養所で暮らす、87歳の女性は、中学3年生のころにハンセン病を発症して療養所に入所しました。

元患者の中には、病気が治っても、差別を恐れた家族から帰宅を拒まれる人が多くいたということですが、女性は、兄から「自分の家なのだから帰っておいで」と言ってもらい、三重県の母と兄が住む実家に年に1回程度帰省していたということです。

しかし、母親が亡くなり、兄も介護が必要になった10年ほど前からは、兄の妻から帰省を拒まれるようになったといいます。

女性は、「ちょっと帰るねと言うと『その時はだめ』と。『病気がうつるから戻ってきたらいかん』とはっきり言うんです。病気は治っているとどれだけ説明してもだめだった」と話していました。

その後も、兄に電話をしてもつないでもらえない状態が続き、去年12月に兄が亡くなったと連絡がありました。

兄の葬式への出席も断られたということで、現在まで墓参りができない状態が続いているということです。

元患者の女性の兄
女性は、墓参りの代わりに自室の仏壇に母親と兄の昔の写真を飾り、毎日、手を合わせています。

女性は、「私にとってはお父さんみたいな兄でした。3つしか年が離れていなかったけれど、何もかも分かってくれた。いまだに会いたい気持ちは出てくるが、諦めないと私の気持ちが持たない。ハンセン病の正確な知識はまだ世の中には理解されていないと感じます」と話していました。

亡くなっても本名 名乗れず 療養所の納骨堂に眠る
女性のように今も療養所で暮らす元患者は、厚生労働省のまとめで、去年5月時点で全国でおよそ810人にのぼっています。

亡くなったあとも、ふるさとの墓に入ることなく、療養所の納骨堂に入る人も多くいます。

岡山県にあるハンセン病の療養所「邑久光明園」で、20年以上働いてきたソーシャルワーカー、坂手悦子さん(53)は、入所者の葬儀や納骨に関わってきました。

療養所の納骨堂にある1797人の遺骨をおさめた骨つぼの半数以上には、仮名が記されているということです。

坂手さんは、「ことし2月にも当園では3人が亡くなったが、1人は仮名のままで納骨堂で眠っています。入所者は、家族をハンセン病の差別から守りたいという思いがあって仮名を貫き通していて、ハンセン病の差別は自分で断ち切る、自分さえ我慢すればいいんだという思いがある」と説明しました。

そのうえで坂手さんは、「園でも本名を知っている職員は限られているし、私たちも本名を隠す手伝いをしている。ふと我に返ったときに本当におかしなことだと思います。外の人たちからは隠しているから差別が無くならないのではないかと言っていただくこともあるが、それでも必死で隠さざるをえない状況にあるということの背景にあるものを忘れてはいけないと思います」と話していました。

家族にも差別 姉の縁談が破談に
ハンセン病では、元患者だけではなく、家族たちも差別を受けてきました。

兵庫県出身の、浜本しのぶさん(仮名・87歳)は、11歳の時にハンセン病を発症しました。

今も、岡山県の療養所で仮名を名乗って暮らしています。

家族ではじめにハンセン病にかかったのは、浜本さんの父親でした。

近所に病気のことを知られた時のことについて、浜本さんは、「あそこの家はうつる、汚いとか言われて私も頭から白い消毒の粉をかけられて、それを近所の人が人だかりになって見ていました。これまで一緒に遊んでいた男の子に石を投げられて頭をけがしました」と語りました。

中でも浜本さんが忘れられないのが、手紙や面会で励ましてくれた、2歳上の姉への差別です。

姉は、20代のころ、公務員の男性と結婚の話が持ち上がりましたが、浜本さんのハンセン病の病歴が分かると破談になったということです。

浜本さんは、「姉への差別は、生きていた中で一番つらかった。自分の病気のせいで姉にも迷惑をかけてしまう。死のうかと思いました」と話していました。

その後、姉は別の男性と、浜本さんのハンセン病のことを伝えた上で結婚しましたが、親戚の中には、いまだ妹の存在を伝えることができていない人もいるということです。

ハンセン病をめぐり、国は誤った隔離政策で元患者だけでなく家族も差別の被害を受けたとして、令和元年(2019年)、最大で180万円の補償金を支払う制度を設けました。

当初、国は補償の対象となる元患者の家族をおよそ2万4000人と見込んでいましたが、3月中旬時点で請求があったのは8300件あまりと、想定の3割あまりにとどまっています。

補償金の申請の期限は、ことし11月21日に迫っていますが、浜本さんの姉は、まとまった金額を受け取ることで周りに妹の病歴を知られることを恐れて、補償金の申請ができていないといいます。

浜本さんは、「子どものお嫁さんはぜんぜん私のことを知らないから、姉には私の存在を絶対言ったらあかんと口止めしました。これまでハンセン病のことで差別されてきたので。ばれるようなことをして姉が悲しまないといけないことになったら、私も生きているのがつらい」と話していました。

補償金の申請 多くが断念
浜本さんが暮らす、岡山県にあるハンセン病の療養所「邑久光明園」で、ソーシャルワーカーの坂手悦子さん(53)は、補償金の申請につながらないケースに数多く立ち会ってきました。

申請をする上で大きな壁となっているのは、家族自身が周囲に元患者の存在を隠しているケースが多いということです。

補償金の申請には、戸籍謄本などのほかにも療養所に入所していた証明書が必要なため、療養所には家族から連絡がくるということですが、申請のための戸籍謄本を取る際に役所で使用理由を聞かれ、周囲に知られると思ったとか、ほかの家族にハンセン病の家族のことを隠していて知られる恐れがあるなどの理由で申請を断念するケースがあったということです。

中には、「180万円ごときで今まで大切にしてきた生活を壊すわけにはいかない」と話した人もいたということです。

坂手さんは、「請求したくても怖い、ハンセン病の家族がいたことがばれるかもしれないと思ってできない状況が今も続いている。隠さざるをえない状況自体が今も続いていることが差別だと思っています。根深いものがあると思う」と話していました。

そのうえで、「世間でハンセン病への目に見える差別は少なくなっていると思うが、コロナがあって、感染した人の家に落書きがあったり、県外ナンバーの車に嫌がらせがあったり、そういうのを見ると、ハンセン病の元患者のご家族たちはやっぱり今も同じじゃないかと思ってしまう。家族補償を請求できない人が多いことは、社会が変わっていないことのあらわれなのだと気づいてほしい」と話しました。

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