東京, 4月26日, /AJMEDIA/
戦闘が続くアフリカ北東部スーダンからの邦人退避作戦で、日本政府はフランスや韓国など各国と連携し、迅速な対応に全力を挙げた。2021年8月のアフガニスタン退避に「失敗」した教訓を生かした。ジブチなど周辺国に脱出した邦人と家族に負傷情報はなかった。政府関係者は一様に安堵(あんど)している。
「陸海空」でスーダン退避 車で35時間、襲撃も
「薄氷を踏む思いの退避だった」。市街戦が展開された首都ハルツームからの退避希望者が全員出国したことを確認した外務省幹部は25日、胸をなで下ろした。
正規軍と準軍事組織の衝突が発生したのは15日。同省関係者によると、サウジアラビアなど周辺国も兆候を把握していなかったという。首都が戦場となったため、当初から邦人輸送を目的に自衛隊機を派遣する方向で調整が進んだ。
政府は16~18日に長野県軽井沢町で開いた先進7カ国(G7)外相会合で「自国民保護を含め緊密な連携」を確認した。松野博一官房長官は19日の臨時記者会見で、自衛隊機派遣の準備に着手すると発表。21日には航空自衛隊C130輸送機が、海賊対処活動の自衛隊拠点があるジブチに向けて日本を出発した。
「交戦状態が続く危険な状況」(岸田文雄首相)の下、邦人ら13人は仏政府などの協力を得て出国。邦人ら45人は、韓国などの支援でハルツームから港湾都市ポートスーダンへ陸路で移動、自衛隊機に乗り込んだ。仏韓両国に対し、政府内では「ありがたかった」と感謝の声が相次いだ。
政府には苦い記憶がある。アフガン退避では情勢を見誤り、自衛隊機が日本をたったのは、首都カブール陥落の8日後。戦況は悪化し、実際に自衛隊機が運んだ邦人は1人にとどまり、世論の批判にさらされた。
これを受けて22年4月に自衛隊法を改正。邦人輸送の要件を「安全に実施できると認めるとき」から「予想される危険を避けるための方策を講ずることができるとき」に改めた。外務省幹部は「教訓を生かせた」と強調。ジブチには米仏軍などの基地もあり、各国軍との意思疎通も円滑に進んだとみられる。防衛省幹部は「近くに拠点があったから自衛隊を動かしやすかった」と振り返った。